「ライダイハン」って、何それ? 意味が分からない!

これは2017年に私がブログ「半歩前へ」に投降したものだ。再録する。


▼差別と迫害の中で
 みなさんは「ライダイハン」をご存じだろうか。

「ライダイハン」とは、ベトナム戦争に参戦した韓国人兵士と、ベトナム人女性との間に生まれた子どもたちである。

韓国は米国の要請で当時の南ベトナム側を支援したが、北ベトナム側が勝利し、「ライダイハン」は“敵側の子ども”として差別と迫害にさらされた。

 その数は延べ32万人とも言われている。戦争という異常な状態の中で、ご多分に漏れず残虐行為が横行。ベトナム人婦女子に対する強姦、村民への殺戮行為が繰り返された。

▼強姦した後に殺害
 住民全員を1カ所に集めて機関銃を乱射しての皆殺し。強姦した後、殺害するなどの狂気が日常茶飯事だった。韓国軍兵士の手にかかって命を落としたベトナム人犠牲者は30万人を超えたと伝えられた。

そうした中で誕生したのが「ライダイハン」である。韓国政府は今日まで「ライダイハン」やその母親に、一切救済の手を差し伸べていない。

 こうした残虐行為は韓国兵に限ったことではない。終戦直前に突然、ソ連軍は2000両の戦車群を従えて旧満州に襲いかかった。

日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、日本人が多く住む旧満州に襲い掛かり、牙をむいた。日本の敗戦が濃厚になった段階での、卑怯なだまし討ちである。ソ連軍の無法ぶりは筆舌に尽くしがたかった。

▼極寒での収容生活
 家屋敷や財産を放棄して、命からがら日本に引き揚げようとする日本人を襲撃。ソ連兵は時計や貴金属など金めのものはすべて強奪した上、女性を見つけると片っ端から強姦した。抵抗する者はその場で、撃ち殺した。

 髪を丸めて男性に変装した者だけが、かろうじて難を逃れたという。働けそうな男は全員、シベリアに送られ、死と紙一重の極寒での収容生活を強いられた。

▼幼い妹たちを守るため
 戦後の内地でも、兵隊が進駐軍と呼ぶアメリカ兵に代わっただけで、女性への凌辱はしばらく続いた。ジープに乗った米兵が来たと知ると、家族は急いで娘の身を隠した。中には、幼い妹たちを守るために自ら若い兵隊に身を委ねた姉がいたと聞いた。

「星の流れに 身を占って
 何処をねぐらの 今日の宿
  荒(すさ)む心で いるのじゃないが
     泣けて涙も 涸れ果てた
        こんな女に誰がした」

 ご存じの方もいると思うが敗戦で焦土と化し、何もなくなった女性が、「夜の女」として生きるしか術がなかった切なさを歌った菊池章子の「星の流れに」の一説である。こういう話を、若い世代にぜひ知ってもらいたい。

、▼人間を狂人に変える戦争
 中国共産党のチベット侵略は想像を絶するもので、土足で民家に上がり込んだ兵士たちは老人から子ども、尼僧に至るまで強姦の限りを尽くした。抵抗する親の頭を、子どもの目の前で撃ち抜いたという。中国兵はもっと非道なことも行ったが、むご過ぎてとてもここでは書けない。

 このように戦争というものは、人間を狂人に変える。平凡な人間を殺人鬼にしてしまうのである。人を人とも思わず、石ころのようにもて遊んだ挙句、いとも簡単に命を奪う。焼き討ち、強奪、強姦、殺戮・・・。

▼犠牲者は常に弱い人たち
 そんな時、最初に犠牲となるのが立場の弱い人たち。女、子ども、年老いた方である。どんな美辞麗句を並べても戦争はすべきではない。今年は終戦から68年目を迎えるが、戦争を知らない世代が大半を占め、戦争の本当の怖さ、残忍さを知らない。

 戦争とは人間同士の殺し合いである。映画やテレビドラマのようにカッコイイものではない。戦争に勝者はいない。ただ、ただ悲惨なものだ。

 戦争を声高に叫んだエライ人たちは、旗色が悪くなれば、自分たちだけ真っ先に、安全地帯に逃亡する。くり返す。犠牲者は、いつも「弱い立場の人々」である。

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