日韓の懸け橋になりたい」と言ったイ・スヒョンさん!

▼「日韓の懸け橋になりたい」と言ったイ・スヒョンさん!

 2001年1月26日、JR山手線の新大久保駅で、韓国人留学生、イ・スヒョン(李秀賢)さん(当時26)と日本人カメラマンの関根史郎さん(当時47)が、酒に酔ってホームから転落した男性を助けようと線路に降り、3人とも電車にはねられて死亡した。

 26日で事故から18年となり、イ・スヒョンさんの母親のシン・ユンチャン(辛潤賛)さんが新大久保駅の事故現場を訪れた。

 シンさんは慰霊のためのプレートに花をたむけたあと、涙を浮かべながら亡き息子に思いをはせた。

 日韓の懸け橋になりたいと話していたイ・スヒョンさんの思いを受けて、両親は日本全国から集まった見舞い金などを基に留学生のための「奨学金」制度を作った。

 日本にやって来た留学生のうち、これまでに支援を受けた者は20か国、300人近くに上った。

 また、母親のシンさんもその後、日本語を学びながら、日本人との交流を続けている。

 シンさんは、「息子は日本が大好きでした。政治的に難しいいまこそ、『日韓の懸け橋になりたい』という息子の言葉は大きな意味があると思います」と強調した。

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