角さん没後25年、保守政治は今!

▼角さん没後25年、保守政治は今!


 大野章さんが【角さん没後25年、保守政治は今】と題して次の原稿を投稿した。

 12月16日は田中角栄さんが亡くなって25年目の命日でした。ロッキード事件が象徴するように角さんには「金権」がつきまといました。

 政策的にも反対することが多かったけど、あの「人情」は懐かしい! 安倍のような血も涙もない右翼政治の下、角さんの保守政治が偲ばれます。

 角さんは、ロッキード事件発覚前に総理を辞めました。安倍は「モリカケ疑惑」がどんどん深まっても総理の地位にしがみついています。卑劣!

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 角さんの愛称で親しまれた昭和の太閤、田中角栄は情の人だった。学校は出ていないが、並み居るエリートと称される官僚がひれ伏すほどの頭脳の持ち主だった。

 野党議員の親族の訃報には野党関係者のだれよりも早く、真っ先にお悔やみの言葉を届けたのが田中だ。

 若いころから一番、真近かで田中を見続けた「越山会」連合後援会の会長から直接、山ほど角栄に関するエピソードを聞いた。

 「オレが角に手紙を書くから、これをもって目白に行って、角に会って来い」と言われたが断わった。

 若造がたった1人で田中角栄に会ったら、10分もしないうちに”虜にされてしまう”と、先輩からクギを刺されていたからだ。
 
 それほど田中角栄と言う人は、人を魅了する器の大きな男だった。安倍某などと比較したら、田中角栄に失礼に当たる。

  「人間ブルドーザー」と呼ばれるほど抜群の行動力があった。警護するSPが悲鳴を上げていた。

 しかし、今にして思えば、「あの時、会っておけばよかった」と悔やんでいる。昭和の太閤、田中角栄は紛れもない歴史上の人物である。

 いずれ、田中が総理大臣となって母校の小学校を訪れ、児童の歓迎の辞に感激のあまり「何をやったか」など、「ここだけの話」を書いてみたい。お楽しみに!

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