「ふんどし」か「下帯」か? どっちがいい?

 北海道木古内町の佐女川神社で13日夜、190年続く神事「寒中みそぎ」が始まり、行修者と呼ばれる4人の若者が下帯姿で冷水を掛け合って身を清めた。  

 氷点下の境内に「えいやー」と叫び声が上がり、4人が代わる代わる互いの背中に水を浴びせ合った。(以上 共同通信)

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https://this.kiji.is/589408145409426529?c=39546741839462401

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 マスコミは「ふんどし」と言わず、「下帯」という。だが、私はこの表現が好きでない。「下帯」という表現はあるが、ある、なし、を言っているのではない。今回の場合、どっちの表現が適切かというのだ。

 NHKなどは上品ぶって何でもかんでも、意識的に無理して言葉を「言い換え」たりする。愚の骨頂だ。

 真冬の氷点下の下で4人の若者が全身に、冷水を何杯も浴びせられる。

 ここは「ふんどし一丁」でグッと歯を食いしばりガマンする若者たち、とした方がより適切で表現に「迫力」がでるのではないかと私は思う。

北島三郎の名曲「祭」に、こんな一説がある。

 「白い褌(ふんどし) ひきしめた 裸若衆に 雪が舞う  祭りだ 祭りだ 祭りだ 豊年祭り  土の匂いの しみこんだ 倅その手が 宝物」

 直木賞を受賞した大作家、なかにし礼が作詞しただけに、言葉が秀逸だ。

 日本語と言うのは、一義一語に込められたいい気な意味がある。その言葉を、どこでどう引き出して、どの場面で使うかが重要だ。

 まして、記者なら「より言葉を大事に」して欲しい。

 今回の場合は多分、佐女川神社の広報から「下帯」とレクを受け、そのまま使ったのだろう。 
 
 私は日本の伝統芸である古典落語を披露するので、余計に違和感を覚える。

 「蛙茶番」という古典落語にこういう場面がある。

半次 
 並みのフンドシじゃあしょうがねーだろう。江戸っ子がやる舞台番だ。チョイと粋なところを見せてえじゃあねえか。去年の祭り。みこしを担いだ時、オレがしてたフンドシ、オメエ、憶えているか?

定吉 
 憶えてるよ半さん、あれ一番、目立ったよ。あの真っ赤なやつ。

半次 
 それなんだよ、緋縮緬のフンドシだ。

 こんな粋な江戸っ子が登場する噺に「下帯」なんという間が抜けた言葉を使ったら、落語が腐っちまう。野暮もいいところだ。

 お公家さんでもなかろうに「下帯」などと言う野暮な表現を使うことはない。若者は「ふんどし」でいい。

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