働く人の34%、2256万人が年収200万円未満と東京新聞!

 東京新聞によると、働く人の34%、2256万人は年収200万円未満。なかでも民間サラリーマンは12年連続で1000万人を超えるなど、いわゆる働く貧困層(ワーキングプア)が問題となっている。日本は非正規労働者の増加で、先進国の中でも働いても貧困である率が高いのが特徴。

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 信じられないような内容の数字だ。年収200万円未満では東京だと、1人でも生活できない。私の住む駅前の周旋屋に張ってあるチラシを見ると6畳一間のワンルームでも6ー7万円する。二間だと8・5万円から10万近い家賃だ。

 部屋代だけでこれだから、生活するにはガス、水道、電気は欠かせない。そこにスマホと来ると月10万円そこそこでは絶対無理だ。飲まず食わずで人間は生きられない。そのうえ、民間の賃貸は2年に1回、契約更新だなんだと何か月分かとられる。

 山本太郎が言った。「都会の家賃はが高すぎる」。同感だ。どうしてこんな値段が付くのだろうと不思議で仕方がない。

 落語仲間の話だと今、私が住んでいる場所は、数十年前は武蔵野の雑木林だったそうだ。それこそタヌキやキツネが行き来する「ど田舎」だったそうだ。私は8年前に越してきたのでよく知らない。

 それが今は私鉄が5本も相互乗り入れする便利な住宅街に化けた。山林原野のタダ同然の土地は、目の玉が飛び出すほど高値が付いた。周辺の飛び抜けて広い敷地の豪邸は大半が元農家だ。自家用車が夫婦で2台。畑に行く車が別に1台。

 ピカピカの外車は誰のかと聞いたら「遊んでばかりいるバカ息子の車だ」と親父が言った。このうちは2年前に豪邸を建て替えた。畑でとれたトマトや大根を敷地内に特設した店舗で現金で売っている。値段はスーパー並みだ。

 流通コストや宣伝費がかからないから半額以下で売っても損はない。これに対して欲深のカカアが「うちは、スーパーと違って新鮮だから」と食って掛かった。貧乏人の成金に限って欲が深い。領収証も何もないからもちろん税金など払っていないハズだ。

 同じ農家でも東京と、そのほかでは天と地ほどの違いがある。東京近郊の農家はわが世の春を謳歌している。7階建てのマンションを所有し、湘南に別荘まで建てたというから豪勢なものだ。労せずして巨額を手にした土地成金である。高級外車を乗り回す「バカ息子」

 方や、働いても、働いても、暮らし向きが良くならない年収200万円未満の人たち。三度のメシを食べるのがやっとの生活だろう。

 世の中の矛盾を感じる。

 

ジャーナリストは「隠れみの」 上杉隆と津田大介!

 上杉隆はジャーナリストと名乗っているが、業界では誰も上杉をジャーナリストだと思っていない。時には会社社長だと言い、時には政治家予備校生に早変わり。そしてついに「僧侶」の肩書まで持ち出したというから驚きだ。

 今度は、NHKから国民を守る党と名乗って議席を確保した途端、条件次第で改憲に賛成と言い出したグループの幹事長だそうだ。

 こういう類が永田町には少なからず徘徊している。

 もう一人は津田大介なる人物。この御仁もよく分からない人だ。2人に共通しているのは「目立ちたがり屋」と言う点か?

 ネットの普及でこの媒体を巧みに利用して「世に出よう」と目論む輩がやたら多くなった。

 津田について、日刊スポーツのコラム「政界地獄耳」が「関係大学や関係する新聞が積極的に津田を擁護している節はない」と指摘しているが、これが津田のすべてを物語っている。

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津田&上杉、ジャーナリストは隠れみの/政界地獄耳

★今、2人の男が世間で話題だ。1人はつい最近、自らが芸術監督を務めたあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」で公開直後から政治家からの批判や一般の批判に耐えかね、3日で展示を休止した。話題の人・津田大介だ。

 津田は早稲田大学文学学術院教授、大阪経済大学情報社会学部客員教授、朝日新聞社論壇委員、新潟日報特別編集委員も兼任などそうそうたる肩書だが、関係大学や関係する新聞が積極的に津田を擁護している節はない。
 
★もう1人は、自身のオフィシャルサイトで「昨日(19年6月末日)をもって正式に会社経営から退き、19年7月よりジャーナリストとして復帰することになりました。

 復帰に伴って、原発報道への抗議の意味を込めた12年1月の「休業宣言」、東京都知事選出馬など「リボルビングドア」の実践としての16年からの「廃業宣言」、ともに撤回し、メディアの編集主幹として再スタートを切ることにしました。

 新たな挑戦である作家、および僧侶としてのお務めをしながらの活動となります」と発表した上杉隆。

 国会議員の秘書のあと、ジャーナリストとして政界に強くコミットしたものの、2度のジャーナリスト引退宣言。

 希望の党の設立に暗躍し、都知事選、中央区長選に出馬し落選。今回はNHKから国民を守る党幹事長に就任した。

★いずれもそれぞれの考えで活躍されればいいと思うが、気になるのが社会や世間の肩書に対する見方だ。

 ひとつの違和感はジャーナリストとして取材しながら自身がプレーヤーの軸になることへのバランスのとり方だ。取材者とプレーヤーは別ではないのか。

 2人の活動を見ているとジャーナリストは活動の「隠れみの」のようだ。

靖国参拝一番乗りの小泉進次郎は支離滅裂!

 毎日新聞によると、小泉進次郎は終戦の日の15日午前8時ごろ、靖国神社に参拝。記者団の呼びかけに応じず立ち去った。 安倍晋三は玉串料を奉納した。子分の稲田朋美が代理で納めた。

 この小僧は、靖国神社の何たるかも分からず、自民党の議員なら「参拝しておいて損はない」ぐらいの感覚で行ったのだろう。

 靖国神社は「鬼畜米英」を叫んで死んでいった兵士を祀ってある場所だ。のちに東条英機らA級戦犯を合祀した。こうしたことから欧米では「戦争神社」と呼んで、忌み嫌っている。

 CSISの手先である小泉の小僧が欧米が敵視する神社に参拝するのは矛盾する行為だ。事情を知っていればそんな意味不明なことをするはずがない。小泉進次郎はバカだから自分のやっていることが分かっていない。支離滅裂である。

 小泉進次郎についてネット名「但馬問屋」さんが次のようなコメントをした。

 「おそらくこれは、アベと違ってコアな極右支持層のない進次郎が、彼らの取り込みを図っているのだろう。百田などの右翼論客も、彼を客寄せパンダと言ってるのだから。それにしても愚かだ。あまりにも愚かな男だ」。

なけなしのカンパで立ち上げた「れいわ新選組」は自分たちの新党だ!

 山本太郎と「れいわ新選組」を応援するボランティアたちの本気度に、与党も野党も目を回した。

 当たり前だ。われわれはカネをもらって雇われている人間ではない。どこかの宗教政党のような強制動員でもない。

 山本太郎といっしょに、「腐りかかった日本」を元のまともな姿に戻そうと、自ら進んで駆け付けた者ばかりだ。やる気が違う。性根が違う。

 「れいわ新選組」は自分たちの、なけなしのカンパで立ち上げた新党だ、との自負がある。

 市民の力で、日本で初めて誕生した政党が「れいわ新選組」である。

 生んだからには大きく成長するまで育てていくのは当然だ。

 「れいわ新選組」は私たちの政党だ。

 もう、口先だけの政治家には頼らない。私たちには奢らず威張らず、常に弱者の目線を忘れない山本太郎がいる。

 この男は50年、60年に1人の逸材だ。大切に育てたい。

山本太郎といっしょに日本を変えよう!

大窪淳仁さんが「山本太郎といっしょに日本を変えよう」と訴えた。

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(原文のまま)

 長い事政治の裏方に居たので、見解を。自民党がこんなに惨くなったのは小泉からです。それまでもじわじわと傾向がありましたが。その頃対抗勢力として、社会党、共産党、後に組合の合同組織が出来て、民主党が生まれ社会党がほぼなくなりました。

その民主党へ期待をかけた国民は、見事に裏切られ、勢力を取り戻した自民党に、マスコミを抑えられ、情報操作によって、小選挙区制の元、何とか最小の票で、最高の議席を保っています。この6年は民主党の残党のお陰と言っていいと思います。

安倍は思うように、やりたい放題で、日本は散々な目にあってきました。

この参議院選挙からです、山本太郎と言う政治家が、れいわ新選組と言う政党を作り、日本の政治を変えようと始めたのです。

皆さんも気づいたと思います、自民党だけでなく、野党もいかに国民のことを見ていなかったか。

これからです、私達が太郎さんと一緒に、れいわ新選組を国民に知らしめて、素晴らしい国を作るのです。

まだ有権者の一部の人しか知りません。新しいものに怖がる人、すぐには信用しない人、これまでの常識にとらわれて、自民党に頼る人。これらすべての国民に、住みやすい、豊かな国を作っていく政党があることを教えなければいけません。

長くつらい道のりです。でもみんなで頑張りましょう、未来の為に、みんなの為に、衆議院選挙はすぐです、それまでどれだけの人に知ってもらうか時間との勝負です。みんなで頑張りましょう。

ケンカをした男たちが最初に泣きだし、みんな泣いた!

 東京新聞のコラム「筆洗」にこんなのが載っていた。

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 終戦直後、韓国・釜山からの引き揚げ船での出来事を作家の久世光彦(くぜてるひこ)さんが書いている。本当にあった話だという。

 食べ物をめぐって男たちがけんかを始めた。「争っている男たち自身、情けない、やりきれない思いだったが、それぞれ後へは引けなかった」

 刃物まで持ち出し、いまにも血を見るというとき、おばあさんが唱歌の「朧(おぼろ)月夜」をつぶやくように歌いだしたそうだ。<菜の花畠(ばたけ)に入日薄れ>-。

「周りの何人かがそれに合わせ、やがて歌声は船内の隅々にまで広がっていった。争っていた男たちが最初に泣きだした。みんな泣いていた」終戦の日を迎えた。

 七十四年前の「朧月夜」の涙を想像してみる。複雑な涙だろう。

 戦争は終わったとはいえ、不安といらだちは消えぬ。日本はどうなっているのか。その望郷の歌がかつての平穏な日々と人間らしさを思い出させ、涙となったか。

 切ない歌声だっただろうその場にいた人が当時二十歳として現在九十歳を超えている。戦争の過去は昭和、平成、そして令和へと遠くなるそして戦争の痛みもまた遠くなる。

 それを忘れ、戦争をおそれず、物言いが勇ましくなっていく風潮を警戒する。もし戦争になれば…。

 せめてその想像力だけは手放してはならない「二番が終わるとまた一番に戻り、朧月夜はエンドレスにつづいた」。

 船の中の歌声をもう一度想像してみる。

隊員不足が加速すれば自衛隊補充の道は一つしかない!

 自衛隊の主力隊員になる「自衛官候補生」の入隊が五年連続で採用計画人数を下回った。二〇一八年度の採用では計画九千八百八十二人に対し、試験を経て入隊の意思を示したのは七千七十五人(一九年三月末現在)だった。

 少子化や景気回復に伴う民間採用の活発化などが主な理由。防衛省関係者が十四日、明らかにした。

 女性の活用も推進するほか、昨年十月から自衛官採用年齢の上限を二十六歳から三十二歳に引き上げるなど対策に取り組んでいる。

 自衛官候補生の採用者は一四年度以降、計画人数に届いていない。

 同省関係者は採用年齢上限の引き上げで「数百人規模の上積みがあった」と語る。それでも一八年度の充足率は約七割にとどまっており、抜本的解決にはつながっていない。

 自衛官候補生は、所要の教育を経て任期付きの自衛官となる。新規採用の約半数を占める。

グラフなど詳しくはここをクリック
https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/CK2019081502000160.html?fbclid=IwAR3vpo-D9IKPFvzKjJP_g2ugWHfUX97S23cHK-QDXuTMucM7UI9QAvV8e80

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 隊員不足に陥った最大の原因は、安倍晋三が憲法を犯し、強行採決し戦争法にある。

 これによって専守防衛が任務だった自衛隊は「集団自衛権の行使」が可能となり、”海外派兵”が現実となった。

 日本を守るのではなく、外国まで出張って米軍などとともに戦争する恐れが出たので、一気に入隊希望者が激減した。 

 すべて安倍晋三の責任だ。

 しかし、これは安倍政権のシナリオ通りかも知れない。

 以前から石原慎太郎や、稲田朋美、橋下徹など安倍晋三の周辺が「日本は徴兵制を導入すべき」と叫んでいる。

 充足度7割がさらに加速すれば、自衛隊補充の道は一つしかない。



山本太郎事務所からのお願い!

14,000箇所のポスターを市民の力だけで貼るという壮大なプロジェクトをできるだけ多くの場所で撮影できないかと考えています。

そこで、山本太郎事務所では、ポスター貼りの状況を撮影をして頂ける方を募集致します。

企画趣旨

ポスター貼りを通して、どういった方がどういった想いで参加しているのか?

ボランティアの方々の素顔が見え、興味がない方々にも身近に感じてもらえる様にしたいと思います。

用途
◾HP、Facebookなど選挙活動の一環として
◾まだ、企画段階ですが山本太郎さんの選挙ドキュメンタリーとして

撮影形態

◾動画もしくは写真

撮影内容

◾各家庭、各施設でポスターを準備している様子

(机の上に並べられたりしながら、背景を通して、

 雰囲気が伝わればと思います)
◾ポスター貼ってる様子

 (人込み、少し、景色が少し入った地域性が出る)
◾太郎さんのポスターと記念撮影
◾太郎さんへメッセージ


 例:◯◯支部(◯◯地域)の◯◯です!


   街頭もかけつけるんで一緒に頑張りましょう!

  (頭に地域名を入れる事で東京都中に仲間がいる的な)

以上のような構成の映像が撮れればと思います。

☆あらゆる場所であらゆる人が、それぞれの意思で

 自分たちの手で選挙を運営し、サークル的な乗りで『日本を変える!』

 そんなボランティアチームを描ければと思いますので

 ご協力のほど宜しくお願いします

19歳で死を覚悟した 日本兵・・・“最後の手紙”を高校生に!

  8月15日は終戦の日です。戦争の悲劇を、どう伝えていけばいいのか。かつて日本兵たちが書いた“死を覚悟した手紙”を想定して、高校生に“最後の手紙”を書いてもらうという、ある教師の試みを追いました。

 日本の真南に位置するパラオ共和国。ここには撃墜された「零戦」が、いまも残されています。長年、死亡したパイロットが誰だったのか分かっていませんでしたが、7年前、吉田久光さん(当時19)が乗っていたことが判明しました。慰霊のため現地を訪れた当時大学生だった吉田大祐さん(当時21)。自分と近い年齢で命を落とした大叔父に思いをはせていました。

 「胸を張って今、生きていますと言えるよう、明日から一生懸命頑張りたい」(吉田大祐さん【当時21】)

 それから7年・・・
 「席につきなさい」(吉田大祐さん【28】)

 いま、吉田さんは埼玉県の高校教師をしています。この夏、生徒たちと、ある特別な活動をすることにしました。きっかけは、あの零戦で死んだ大叔父・久光さんが姪に宛てて残した手紙です。

 「飛行兵として初陣する。叔父の喜びを察して呉れ。俺の事は何もかも忘れて呉れ」(吉田久光さんの手紙)

 死ぬかもしれない出撃を前に、なぜ「喜び」なのか。なぜ、自分のことを忘れろと書いたのか・・・。「少しでも考えてほしい」と、吉田さんは、生徒たちにも大切な人への「最後の手紙」を書いてもらうことにしたのです。

 「あなたにとっての見守ってくれた人へ、最後に何を書きますかというのがテーマ」(吉田大祐さん)

 10代後半の生徒たちにとって考えたこともなかった「最後の手紙」。手元をのぞいてみると、そこには普段、口にしない思いが・・・
 「お母さん、たくさん愛をありがとう」(女子生徒)
 「父親の子として生まれて、本当に良かったと思っています。このやりとりが最後だとしたら、手紙より面と向かって感謝を言いたいです」(男子生徒)

 そして、隣同士で発表する場になると感極まる生徒たちが次々と・・・
 「お母さんの大切さとかを実感できて、いい時間になりました」(女子生徒)

 その後、零戦で死んだ久光さんについて話した吉田さん。その言葉に耳を傾けた生徒たちの表情は、それまでとは違っていました。

 「(戦争を)過去のものと割り切ってはいけないなと思いました」(女子生徒)
 「戦争ってこと自体の残酷さとか、同じ年で死を覚悟しなくてはいけないということに対してのつらさもあるし、そういうことをもう1回、確認できたかなと」(男子生徒)

 「いまをどう生きるか真剣に考えてほしいというのが、一つのテーマだったので、真剣に(手紙を)書く生徒たちのことを見て、そういう時間になったのかなと思います」(吉田大祐さん)

 若者にいかに戦争の記憶を伝えていくべきか、新しい時代でも問われています。  (以上 TBSより)

映像はここをクリック
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20190814-00000053-jnn-soci

マスコミはこの重要発言をなぜ報道しないのか?

立川談四楼のツイートだ。
 安倍さんが年金問題で「じゃあどうしたら?」とスネるから、小池晃さんは「大企業(内部留保425兆円)に中小企業並みの法人税の負担を求めれば4兆円、平等に所得税を上げれば3兆円出てくる」と提言。

 すると安倍さん「富裕層の税金を上げるだなんてバカげた政策だ」だって。まさかここまで経済音痴とは。

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 「富裕層の税金を上げるだなんてバカげた政策だ」ー。こんなことを安倍晋三が言ったのか?

 事実なら問題発言ではないか?

 こんな重要な発言をマスコミはなぜ報道しないのか?

 首相が出席する国会の委員会には必ずマスコミ各社は取材している。

 なぜ書かない? それとも記者全員が寝ていたのか?

広島・長崎に原爆落とした悪魔に勲章授けた大バカ者!

 若者たちよ、キミは知っているか?

 日本は世界でただ一国、実際に原子爆弾を落とされた国だ。

 しかも広島と長崎に落とされた。

 女、子供から年寄りまで数十万の罪のない日本国民が犠牲になった。

 投下したのは米国。

 「戦争を早く終わらせるためだった、と後で屁理屈をこねて自己弁護」

 立場が逆で、日本が米本土の原爆を落としても、米国はその主張に納得できるかとただしたい。

 日本は世界で唯一の被爆国である。日本人が絶対に忘れてはならない「歴史の事実」である。

 その原爆投下の責任者に、小泉進次郎のじいさんが勲一等旭日大綬章を授ける推薦人になっていた。

 カーチス・エマーソン・ルメイ。のちに米空軍参謀総長となった米国軍人である。最終階級は空軍大将。

 1964年12月4日佐藤内閣の閣議でルメイへの勲一等旭日大綬章の授賞を決定した。理由は航空自衛隊創設時の戦術指導に対する功績だそうだ。ふざけるなと言いたい。

 参議院議員で元航空幕僚長源田実と防衛庁長官だった小泉純也らの強力な推薦によるものだ。

 しかし、ルメイは日本の無差別戦略爆撃を立案し、原爆投下の張本人だ。信じられない決定だ。

 覚えていてもらいたい。推薦者は小泉進次郎のじいさん、小泉純也である。

 これこそ「売国奴」と呼ぶにふさわしいのではないか。

 当時、ルメイは日本人から「鬼畜生のルメイ」「皆殺しのルメイ」と怒りの対象となっていた。

 勲一等の授与に当たっては、直接天皇から渡される「天皇親授」が通例だが、昭和天皇はルメイと一度も面会することはなかった。

 ルメイはのちの著書で「原爆を使用せずに戦争を終わらせることができたとしても、私は、原爆投下は、賢明な決定だったと思う。

 なぜなら原爆投下が降伏交渉を早めた」と語り、原爆投下正当性を強調した。

 日本を原爆実験場の代用にした男に、小泉進次郎のじいさんは「感謝」した。

不気味!今の時代は戦争前の時代とそっくりだ!

 なぜ日本人はあの時、戦争への道を選択したのか。12日夜、放映のNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~」は見ごたえのある番組だった。

 今の世相が当時と余りにも似ているので背筋が寒くなった。

 治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。

 発行部数はたったの1万6000部。

 発刊当時、自由奔放な大正デモクラシーの全盛期だった。

 危機感を持った国家主義者は「日本新聞」を舞台に「デモクラシー(自由主義)」への攻撃を開始する。

 たちまち、社会から自由が失われ、軍部の台頭を許す契機となっった。

 「日本新聞」の賛同者には東条英機や近衛文麿、右翼の大立者・頭山満らが名を連ねた。

 なにやら今の時代と妙に似ている。

 政官財の癒着の利権の構造を打破すべく、国民の期待を担って登場した民主党政権。

 自民党の巧みな世論操作と官僚のサボタージュで見るも無残に叩き潰された。

 安倍晋三らのネガティブキャンペーンで民主党は無能なデビルのレッテルを張られた。その後は悲劇的な細胞分裂を繰り返す。

 一連の動きで大きな役割を果たしたのが戦前の「日本新聞」の役割を担う産経新聞や読売新聞だった。

 安倍政権は内政外交の失敗から国民の目を逸らすために韓国とのバトルに拍車をかける。その結果、内閣支持率は急上昇。TBS系のJNN世論調査では60%を超えるまでになった。

 安倍晋三はこの勢いを借りて、一気呵成に悲願だった改憲を成し遂げる腹積もりだ。

 弱肉強食、自己責任、弱者切り捨て、格差拡大を推し、押し進める強権政治への批判は少なく、議会勢力は3分の2を超える勢いだ。

 自公の与党に維新、無所属、さらには「条件次第で改憲に賛成する」と言うN国党などを加えると、 大政翼賛会色は一段と濃くなりつつある。

 平和などは実にやわなもので、一夜にして様変わりする。

 そうならないためには国民の自覚が必要だが、フェイスブック一つ見ても、期待出来そうにない。

 「これは大事だから1人でも多くの者に見てもらうよう拡散してほしい」と何度頼んでも反応なし。実際に応答してくれたのは1割前後に過ぎない。

 名目上は「仲間だ」というフェイスブックでさえこうだから、あとは推して知るべし、である。

 「こんな輩を相手に」もうやめようかと何度も思った。

 そんな時、心ある友人が「あなたの投稿を真面目に読んでいる者が1割いることを忘れるな」と励ましてくれた。

 確かにこの1割前後の人たちは山本太郎と「れいわ新選組」の選挙の際も、呼びかけに応えてくれた「本物の仲間」だ。

 シエアや投稿、コメントの名前でだれか分かる。

 残りの9割は面白半分や暇つぶしでフェイスブックをいじっている薄ノロどもだ。

 こんな輩は、もとから何の役にも立たない。自分の考えと言うものが一切ない。

 改憲が実現すれば、黙って従う連中だ。徴兵制が施行されたら「国が決めたこと」とすんなり受け入れるに違いない。早い話が奴隷と同じ。いつに世にも、数のうちに入らない愚か者たちである。

 こうした遊び半分でやっているふざけた輩は見つけ次第、つまみ出す。