山本太郎が熊本まで飛んで行った謎が解けた!




 なぜ、山本太郎が熊本まで飛んで行った謎が解けた。太郎は男の中の男。いい奴だ。みなさんも益々、応援したくなるのではないか。

 熊本の「あべ広美」は、野党統一候補といっても、連合が推薦を取り消し、推薦は共産、社民の2党だけ。これが立憲民主党など旧民主党系の実態だ。

 こうした内情を知る山本太郎は、自民党の現職の前で苦戦が伝えられる「あべ広美」を応援するために急きょ、熊本に飛び、マイクを握った。

 憲法擁護、原発反対など主張は、山本太郎と変わらない。

 「あべ広美」は大変な苦労人だが、並外れた頑張り屋さんでもあった。

彼女のプロフィールを紹介しよう。

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 両親は中学卒業後に大阪で集団就職し結婚。家計は厳しく、家の電気が止められ、ろうそくの灯りで一晩を過ごしたことも。それでも勉強を頑張れば必ず報われると信じて努力した。中学を卒業するとき、八代市に移住。

 高校時代は、アルバイトで授業料や参考書代を賄った。九州大学法学部に合格。大学時代の学習塾講師のアルバイトでは。生活費を稼ぐだけでなく、多くの社会勉強ができた。

 大学卒業後は女性総合職として生命保険会社に就職。勇気のいる一般家庭への「飛び込み営業」も経験した。

 結婚後も仕事を続けていたが、切迫流産のため絶対安静を命じられる。子どものことを考えてやむなく会社を退職し、無事に長女を出産。

 出産後は、育児サークル活動にも参加。保健婦さんや多くの先輩ママさんと知り合い、地域ぐるみで子どもを育てることの重要性を実感した。

 二女を出産した直後に離婚し、実家のある八代へ。子どもの将来を考え、司法試験へのチャレンジを決める。

 昼間は実家の手伝いをし、子どもたちを寝かしつけた夜に猛勉強。養育費と児童扶養手当というわずかな収入の中でギリギリの生活が続く。

 娘たちは明るい子どもに育っていたが、家にお金がないことを知っていて「ママ、弁護士になったら買ってね」が口癖に。

 猛勉強の末、三度目の挑戦で司法試験に合格。2005年10月に熊本県弁護士会で8人目の女性弁護士となった。

詳しくはここをクリック
http://abehiromi.jp/#
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