あんな爺さんになりたい」と思ったものだ!

▼あんな爺さんになりたい」と思ったものだ!




ピタリ言い当てた目
<< 作成日時 : 2013/07/30 02:10 >>

再録。

▼プロの目にビックリ
 落語の友人が、高座で着る着物を買うというので浅草に同行した。平日だというのに、雷門の前はカメラを抱えた観光客で大変な賑わい。仲見世も混み合っていた。中国人に代わって東南アジアの人たちが目立つ。しかも若者が多い。結構なことである。

 「落語で着るならあそこだよ」、と師匠に教えられた店に友を案内。店の主人はひと目見るなり、友に合う寸法の着物を棚から取り出した。「よく分かりますね」と驚く友に、「あたくしもこれでご飯を頂いてますからね」と主人。プロの目だ。

▼昭和が香る洋食屋
 唐桟柄の粋な着物で、あたくしが欲しいくらいだ。帯を締めての試着。着丈から袖丈までピッタリに、落語の友もすっかり満足。この店は、多くの本職の噺家が贔屓にしているところで、あたくしも着物はほとんどここで買っている。

 時刻はとっくに午後1時を過ぎた。右手に「浅草ベル」が見えた。迷わず店に入った。懐かしい昭和が香る洋食屋だ。何十年ぶりだろうか。文豪・永井荷風も通った店内は、当時のままの雰囲気を残していた。今も味は一級品だ。食後のコーヒーをお代りしながら、2人で2時間近くも落語談義に熱中した。

▼祝いに浅草帯源の帯
 六区近くでカンカン帽をかぶった若者が、あたくしの名を呼んだ。落語塾に通っていた若者だった。会話での間を学ぼうと塾に入門したが、途中から顔を見せなくなった。コメディアンへの夢が断ちきれず、親の反対を押し切ってプロに転向した。現在は浅草の小劇場に出演している。

 「どうした、元気かい」と聞くと、「ハイ、何とかやってます」と彼。以前、会った時より幾分、痩せたようだ。苦労している様子がうかがえる。それでも「大阪で弟がやっと噺家になったので、お祝いに浅草帯源の帯を贈ってやりました。喜んでました」と彼。

▼街中でインタビュー
 「帯源」と言えば、知る人ぞ知る帯の老舗。全国にその名を知られている。安くはない。かなり無理して奮発したのだろう。大阪出身の彼は、弟思いの、気のやさしい青年だ。

 街中でインタビューを受けている。よく見ると、ツルちゃんこと片岡鶴太郎だ。こんな光景は日常茶飯事。ン十年前に、あたくしが浅草・上野を担当していたころは、浅草の街を歩く喜劇役者の益田 喜頓をよく見かけた。

▼粋でお洒落な日本男児
 ダービーハットをかぶり、上着はツイードのマドラスチェック。片手にステッキ。実に粋だった。様子がいい。お洒落で、日本人離れしていた。ある時は喫茶店アンジェラスで、水から抽出するダッチコーヒーを、おいしそうに飲んでいた。

 立ち振る舞いの、すべてが様になっていた。若いころ、あたくしも将来は「あんな爺さんになりたい」と思ったものだ。

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